永遠

それははかなく

苦しいモノ

人はその苦しみを知らずそれを求め続ける

そして

果てのない代償と共にそれを得た一族がいる

彼等は永遠という時を生きる

我々が死のうとも彼等は死ぬ事がない

死神からも見捨てられた哀れな一族

人々は彼等をこう呼んだ―――

 

 

死霊使いと――――――

 

2nd Days〜変化〜


 ボクは一人だった。
 丘の上にある広いお屋敷の扉を開く。
 分かっているのに、ボクはいつものように「ただいま」と言う習慣があった。
 けれどその声はただ、寂しく玄関で反響するだけだった。
 誰もいない部屋。
 誰もいない居間。一人で食事をする。
 食事など必要無いのに、家族と暮らしていた頃の習慣がいまだに抜けない。 母も父も消えた。あれは何時だったのだろうか……もう記憶にないくらい昔だった。
 咲き乱れる花々たち。春には色とりどりの花が咲き、夏にはまた春とは違う花が咲く。秋には花たちは眠り始め、冬はボク一人だけになる。
 そんなふうに、ボクと一緒に永遠にこの世界を見続けていた。
 だが、ボクの問いに話しに一言も答えてくれもしない。
 もうあの花壇も植木も手入れするものは誰もいなかった。
 自分は手入れをするつもりはないし、その必要性も重要性も無かったからだ。
 それでもいつものように咲き乱れ、自分の心を和ませてくれる。
いつもの戸棚に入っている茶菓子とティーカップを一組取り出し、新しく町で買った葉を入れ、町を見下しながら飲みふけた。
 あんなにも静かな町が、ある時は戦乱に巻き込まれ、人々が絶叫を上げながら惨殺され………今は平穏を保っているが、また何かが変わっていくのだろう。
 建ち並ぶ建物ももう昔の面影はない。
 自分の覚えている昔も今も…、そして未来さえもただ自分の目の前で過ぎていくのだろうな…。

 

ボクはいつものように本を読み

 

変わらない姿で

 

ただここに存在するだけで良かった

 

それがボクの終わらない末路であり

 

永遠の螺旋のような運命なのだから

 

けれど………

 

君はどうしてここにいるんだい?

 

 

 それは、夏の終りだった。
 少年は、両手一杯の紙袋に今月分のお茶葉と今週分の食料を詰めて、いつものように丘へと続く坂道を危なっかしく歩いていた。
(あぁ、なんだな。もう少し自分の分は買いに行けっつーの)
 気をつけないと、袋からこぼれ落ちるカニの缶詰を手でしっかりと押さえながら、そう心の中でぼやいた。
 少年は丘から流れる涼しい向かい風に一つに結わいた茶色の髪をなびかせながら、一歩一歩確実に先へと歩いていった。
 一休みと道の真ん中で立ち止まると、先程までいた町が商店街が小さく見えた。
 以前とは随分と変わった風景に彼は違和感を感じた。
(そうだな……。以前ここで振り返ったのはいつだっただろう?)
 パタパタと音を立てながら揺れる、質素な服装。
 細い十字架のペンダントが胸元で太陽を反射する。
 目にかかる短い髪を手で押さえながら、ただ何かを考えるように惚けていた。
 その時だった。
 後ろから流れてくる焦げ臭い匂いにはっ、と丘を振り返る。彼が目指している丘の上には、大きな木に囲まれているにもかかわらず、古ぼけた屋敷の屋根が見える。
 だがそこではなく、彼は上の別のものに気がついた。
 屋根に取り付けられた煙突には、もうもうと黒い煙が立ち上ぼっており、それが原因のようだ。
 生き物が燃えるような、大嫌いな匂い。
 そして僅かに流れてくる死臭。
 顔色が真っ青になっていく。
 あわてて荷物を抱え込み、袋のカニ缶を口元でくわえると全速力で屋敷へと走りだした。

 

 

 屋敷の周りは色とりどりの花に覆われていた。
 花壇もきちんと手入れされているらしく、つい最近使われていたらしいシャベルが花壇の端の土に差込まれている。
 木洩れ日がゆっくりと花壇の上に降りてきて、芝生や花に付いている水滴が反射して光輝く。
 名も分からない植物の蔓で作られた小さな門をくぐり、庭先まで入るとより、その死臭と焦げ臭い匂いが強くなってきた。
(くっ……)
 彼は苛立ちと焦りを隠せないようで唇をかみ締める。
 そして、そのまま重厚な屋敷の扉を開く。
 一階二階へと続く階段が目の前にある、典型的な木製の大広間が彼の先に広がっていた。
 いつもと全然変わっていない。ふぅ、と一息つく。
 すると待ち構えたように、カタカタと軽快な音を立てて一階の奥から何かがやってきた。
 何を考えているのか分からない無表情の目の穴。穴の中にある闇は空虚の瞳。何より人間と違っている部分は肉の一つも残っていない人骨だった。まさにそれは「死」の象徴そのものである。それが軽快な音、けれど明らかに死の音を立てている。漂わんばかりの死臭。それは彼にしか分からない微妙な匂いだったが……。
 ボロボロの衣服に金槌を持って一匹こちらに向かってきた。
 少年は荷物を置くと、明らかに顔をしかめた。
 スケルトンは不気味にケタケタと歯をならして走りよってくる。
「坊ちゃん、大変です! また、また………」
 そうスケルトンが甲高い声で叫んだかと思うと。
 カランカラン。
 そんな音を立てて歯が抜け落ちる。
 スケルトンは慌てて落ちた位置まで引き返すと、抜け落ちた歯を拾い慌てて元の位置にはめ込む。
「また……ルナ、ルナ……ルナリーさまがぁ!」
 そして、酷く慌てているようで少年の目の前で足踏みしながら叫ぶ。
 少年はまたか、と頭を抱え込みながらスケルトンの言葉を遮る。
「わかった……。この荷物はいつもの所に入れておいてくれ」
 先程まで持っていた荷物を指差し、彼は奥の扉に早歩きで消えていった。
「坊っちゃん……」
 玄関の大広間では、姿に似合わず真剣な声と表情をして骨はそう小さく呟いた。

 

 

 奥に進むにつれ、わずかに漂う焦げ臭さ……そして黒い煙が酷くなっていく。
 大広間の扉を開いた先は煙が酷く、持っている乾いたハンドタオルでは到底防ぎようも無かった。息苦しさと視界が開けない中、記憶を頼りに手探りで目的の場所へと急ぐ。しばらく這うようして歩くと、目的の扉が煙幕の中おぼろげに見えてきた。
 彼はまず側にある扉という扉を開き、煙を匂いを外に出す。煙は吸い込まれるように他の部屋へと消えていく。
 ある程度、煙が収まってくると今度ははっきりと目的の扉が見えた。古びてノブの金属のメッキも取れかかった小さな扉。
  少年はがしっとノブを掴むとゆっくりと扉を開いていった。そして、より強くなる焦げ臭さ……。
(たのむ!! 無事でいてくれ……)
 開いた先には
「あれぇ、ウィル君。おかえりー!」
 いかにも花が咲いたような可愛い笑顔に、綺麗になびいた色素に見放されたような僅かに茶色い髪。フンワリと床に落ちているスカート丈の長い黒いワンピース。日焼けとは無縁な白魚のような白い肌。
 年齢は十六、七歳程度であろうか? 少年とは四、五歳程度離れているようだった。
 彼女は鍋(と思われる物体)を手にして、埃や炭にまみれながらも、天井が抜けて、上から落ちてきたらしい大量の本に埋もれ、大破した台所だった場所の中央に座り込んでいた。
 大量の本に埋もれ……
「………ほ……ほん」
 呆然とした表情で、彼は足元にあった本を一冊手にとった。
 それは保存しにくい革製の作りをしていて、もう何百年も立ったような古ぼけた本だった。タイトルは『Millennium Kingdom』と古ぼけた書体の焼き印が押されていた。
 中を確認しようと開くと、それを待ち構えていたようにボロボロと紙が崩れ、ドサドサとただの紙切れになる。
 そのまま光景に凍り付く少年。
 その紙切れに少女は素早く手を伸ばして掴み、元は本の一部だった紙切れを見る。
「ねぇ、文字が読めないよ……? あ……ここ穴が開いてる! 焦げちゃったんだね、きっと」
 呑気そうに少年にその焦げた部分を嬉しそうに見せる彼女の表情は少年をただ無性に苛つかせるものであった。また、彼女の手にしている本が非常にお気に入りで手に入れるのにかなりの労力と手間隙をかけた事をただ走馬灯のように思い出していた。
 ついに危惧していた事が起こってしまった……。
 ルナリーが料理を作る事によって台所だけではなく、いつか上の書斎すら破壊されるいう……。
(この生活、もう嫌だ……)
 他にも側にちらばっている本たちは皆お気に入りで、まだ読んでいない本も十分にあった。
 それが一昼の買い物に行っている間に台所の真上にある書斎ごと大破して、もろくも目の前で崩れ去っていた。
 そして
「ねぇ、この紙鍋敷きにしてもいいかなぁ?」
 この彼女の一言で書斎の配置換えが近日決定した。

 

 

「むぅー、怒る事無いじゃない。ただの事故なんだからぁ」
青々と空が広がり、雲一つ無い晴天。テラスの上で子供のようにだだをこねながらお菓子を頬張る少女の姿があった。
「…………」
 テラスの上の木製椅子に寝転んで唯一無事だった、『お菓子大百科』という本を顔の上に被せ、一人の少年がふてくされていた。
 何も返事を返さない少年、ウィルを見て、余計に彼女の苛立ちは頂点に達しそうとしていた。
「だってだって、美味しいんだよ、頑張ったんだよ、あんなに苦労したんだよ。なのに食べもしないで、ただ無視するだけなの!」
「それにどれだけの価値があると思っているのかな? ルナリー。その君が苦労して作ったお菓子に費やされた材料、被害、駄目になった本の代金。それを含めてどれくらいだと思う……?」
ウィルはテーブルに置かれているお菓子を見ずに指差しながら、静かにそう言った。
 精一杯の怒りと恨みを込めて。
「うぅ……それは」
「言えないだろ。あの本たちを手にいれるのに君の人生すべての時間と稼いだお金を使っても、全然足りないんだよ。良くて雀の涙程度さ」
「だってぇ……」
「あの『千年王国』なんてどれ位したと思っているんだ。金だけでは飽き足らず多くの人間の血が流れて、やっとの思いで手に入れたんだよ。それを……」
「まぁ良いではありませんか、坊っちゃん。また手に入れれば。坊っちゃんの永遠の命と巨大な力を持ってすれば、また手にはいるでしょうぞ」
 グダグダとルナリーを苛める彼を、そっと一つの腕骨がたしなめた。
 ウィルが本を退かし起き上がると、そこには先程玄関で荷物を渡したスケルトンの姿があった。
 ルナリーの料理の爆発によって、ボロボロになった衣服はすっかり取り替え、こうして衣服と姿勢だけをみると立派な執事だった。
 あくまでも、スケルトンであるということを除けばであるが。
 スケルトンの執事はにこやかに(雰囲気からして)ウィルに入れたてのお茶を差し出す。
 不満そうに口を尖らせるルナリーを横目で見つつ、湯気を立てる琥珀色のお茶を一口、味を確かめるように口に含む。
 ふくよかな優しい香りと共に広がる甘い感覚。
 間違えなく自分が先ほど買ってきたお茶だった。
 台所はほとんど大破はしたが、幸いな事に鍋やフライパンお皿などはほとんど戸棚に入っていたためか使用上には支障がなかった。
 どうやら爆発は、上にだけだったらしい。
「ふぅ、やっぱりリックのいれるお茶はいいねぇ。誰かさんのせいで疲れた体に染み渡るようだよ」
 それを聞いたとたん、側にいた骨だけの執事は嬉しそうにカタカタと歯を鳴らし、優雅な会釈をした。
「お褒めに預かり光栄です」
「むぅ………」
「そう。誰かさんも、もう少し彼のように素敵な人間になれたらねぇ。あぁ、リックはスケルトンだったね。じゃあ誰かさんは、スケルトン以下なんだね。肉がある分無駄なんだね。あぁ人間って不便〜☆」
 カップを片手にウィルは嬉しそうに弁論した。その弁論されているルナリーはあれだけの大惨事を繰り広げたせいか、何も言う事が出なかった。
 ただ、苦笑してルナリーに優しく彼の飲んでいるモノと同じお茶を差し出すスケルトンの執事、リック。
 彼女はむくれた顔のまま受取り、「ありがとう」と彼に返す。
 彼は満足そうに館内の掃除だとそのまま居間へと消えていった。
 やがてカップの中に残っていたお茶も飲み終わっても、ウィルの文句は消えなかった。相当、あの本たちに未練があったらしい。
 最初は申し訳なさそうにしていたルナリーだったが、だんだん余計な事まで混じった文句に苛立ちを感じるようになってきた。
(そりゃ、私だって悪かったわよ……。あんなにモノを壊して常習犯で)
 ルナリーが僅かに顔をあげると、目の前で先程と変わらない自分に文句をつけている彼の姿があった。
 幼い顔付きにミスマッチな鋭い瞳。瞳は左目が海のような深い青。右目は燃えるような炎の紅。オッドアイだった。
 いつ見てもミステリアスな少年。
(だからって何で君のために作ったお菓子食べてくれないの?)
ルナリーは上目使いでそう伝えるように睨む。
それに気がつかないのか気が付いているのか、ウィルは説教を続ける。
「だからして、もう少し永遠がない人間は慎重に行動するべきだと思うんだよ。君は落ち着きが無さすぎるからだね、少し……」
 その時だった。テーブルに手を叩き付ける音と共にルナリーが勢い良く立ち上がった。
 その音に反射的に体を引く、ウィル。
 彼を睨み付けるルナリーの瞳。ウィルよりも深い色だった。まるで深海のような深い青。
「分かったわよ……、私が全部片付ける。後、駄目にした本を全部修理してみるよぉ」
 そう静かにウィルに言うと、ルナリーは長い髪をなびかせ、台所へと消えていった。
「別に勝手にすれば良いじゃないか……」
 そのルナリーの怒りようにまた彼も不満そうな顔をしていた。
  心とは裏腹に……。

 

 

 バラバラに崩れ落ちた一冊の本。
 これは誰が見ても修復不可能にしか見えなかった。
 一枚一枚綺麗に剥がれ落ちていて、台所に散乱していた。
 彼女はしゃがみ込むと、破けないように崩れ落ちないように丁寧に集め始めた。中には廃材や石の隙間に入ってしまって。それが軽い石なら問題がないのだが、彼女の頭と同じ位の石は退かすのがやっとだった。
 白い細い手が廃材のささくれや石の角が刺さる感覚も最初と比べたら無くなってきた。
 麻痺してきたのだろうか……。
 一枚一枚ゆっくりと正確に集めていく。
 散らばっている他の本は端の方にまとめて置いた。
(後で書斎に持っていかないと……)
 そう思いながらもただ目の前に散らばった本だった紙切れを集める作業は終らない。
 けれど先程と比べたら随分集まっており、あと少しであった。
 その時台所に入ってくる影があった。
「お手伝いしましょうか? ルナリー様」
 首を僅かにひねりながら聞いてきたのはリックだった。
「いいよ、修理してウィルを見返すんだから。ありがと」
彼女は作業を続けながらもそう言った。
「左様ですか……」
 そう言いながら台所から出て、カチャカチャと音を立てながら慌てて主人の元へと急いだ。
 その主人は、先程からテラスの椅子に寝転がったまま動かなかった。
「坊っちゃん〜。ルナリー様が………」
「なんだよ騒がしい。ルナリーは「やりたい」って言ったんだから放っておけば良いじゃないか」
 骸骨のすがるようでいて甲高い声にうんざりと耳を塞ぎながらも、彼は目だけをリックの方に動かしてぼやいた。
「けれど、折角」
 遠慮がちにそう呟くリックの言葉を強い言葉が遮る。
「折角、なんだい……? 人間とはいえ、一緒にお話できる相手ができて、寂しさを紛らわせる相手ができたからと言いたいのかい……。ボクは一人のままのほうが良いよ」
「…………」
 ウィルの強い怒りを込めた口調に押し黙るリック。
「人間は邪魔だ。すぐ死ぬし、僕たち一族のような永遠の命もない。……といってもボクが最後の一族の正当な末裔だけどね」
 他はどこかに消えてしまった。
 そう言おうとして、そのまま黙った。
 言う気にもなれなかった。
 彼はそのまま何も言わず、一族である証のオッドアイの瞳をそっと閉じた。
 リックはそっと館の掃除を再開しようと二階へ上っていった。
 その際に必死で紙切れを集める少女の姿があった。
 お手伝いをしてあげたい。
 けれどウィルに逆らうわけにもいかず、見ていることしかできなかった。
(こんな時、死霊というのは不便ですねぇ……)
 そう寂しく彼は胸中で呟いた。

 

 散らばった紙切れを集めた後には、膨大な量の本の移動があった。
 破壊された書斎に全部であった書物は小さい物で辞書サイズ、大きいモノで百科事典に相当する厚さと重さがあった。
 それが広い部屋に所狭しと詰め込まれていたのだった。
 台所に落ちてきたモノは主に重量の重い物ばかりで、それを一人で二階に持っていくのは大変な作業だった。
 昼夜問わず本を一冊一冊落とさないように運んでいった。
 朝食時も昼食も夕食も二人は一言も話さなかった。
 ただ黙々と食事をするだけ。
 少年は書庫にこもり、本を読みふける。その間、少女は書斎の荷物を一生懸命運び続ける。
 今日も夕食の後、ルナリーは新しい書斎にこもり片付けをしていた。
 あの日から、喧嘩をした日からもう一週間も経っていた。
 たまに静かな書庫の外から何かが落ちる音や崩れる音が聞こえてくる。
 だが彼の耳にはそれが入らないらしく、眉は動かせどそのまま本を読む行為に没頭する。
 ここしばらくはだれの依頼も受けなかった。まぁ、仕事が入ってくるのは本当にまれだが。
 それに……
(何だっていうんだ! あいつは)
 今の行動といい、何を考えているのかがさっぱり分からない。
 手に持っている本の内容に戻ろうとしても、扉の先から聞こえる音が彼女を余計に思い出させ、集中できない。
 しょうがないので読むのを諦め、本をゆっくりと閉じる。
 長いこと読んでいたせいか、首が痛い……。
 顔を上に上げ首をほぐそうとすると、頭上に大きな満月があるのに気が付いた。
 白くかすれた蒼い世界に、非現実的に存在する一つの真円。
 木々に囲まれ、ゆくとなく見てきた月。
 あの日は戦争の最中だった。人々が苦しみ自分の瞳と同じ紅い炎にもまれながら絶叫を上げ、消えていく。
 また違う日は平和な日だった。人々は町の復興を喜び、子供ははしゃぎ楽しそうに駆け回り遊ぶ。
 一人だった日もこの満月だった。話し相手も世話係も家族さえもいない、初めて一人きりになった日。
 …………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………
………………………………………一人になった日。いつだっただろう? それは。
 考えてもしょうがないと考えたウィルは窓の縁から降り、廊下に出る扉を開いた。
 目の前の書斎は開いており、そこから蝋燭の僅かな火に照らされ一つの影がセカセカと片付けをしていた。
 彼女と出会った日のことは良く覚えている。
 つい最近だったからだ。
 あれは初夏だった。
 そろそろ暑さが始まろうとしているそんな中途半端な季節に、彼女はここにやってきた。
 自分に依頼を持ってきたクライアント(依頼人)でもあったのだ。彼女は亡くなった両親の遺産相続を巡って、たびたび死霊に襲われていた。
 結局は叔父夫婦の策略、遺産の横取りであったが……。
 その時に同時に出会ったのがリックだった。
 相手の死霊使いが生み出した骸骨戦士の一人。非常に平和主義を大切にしていたため、使い物にならなかったのだ。
 そして仕事も終り、ルナリーは家に帰るつもりも無く、リックも帰る場所も無く此拠にいる。
 言うなれば押しかけ同居だ。
 けれど、なぜわざわざ自分の所にいたりするんだ。
 それがあまりにも分からなすぎて、しばし戸惑うこともあった。
「坊っちゃん……」
 後ろを振り返るとカンテラを持ったリックが立っていた。
 カンテラに照らされる彼の白い骨たちはより、不気味さを増していた。
 手には簡単な夜食。
 目の前で黙々と作業を続ける少女にだろう。
 ウィルはそのまま本を抱え直すと、二人から書斎から顔を背け廊下へと消えて言った。
「おやすみ……」
 そう一言残して。

 

 

 今日は満月だった。
 深い蒼い空にぼんやりと浮かぶ、白い真円。
 その光は思ったより強く、書斎の大きな窓から少女を照らしていた。
 少女の顔には疲労が見える。
 一週間も辛い作業をした疲れが、ようやく体に影響を及ぼし始めたのだった。けれどここで作業を止めるような気は彼女には無かった。
 ゆっくりではあるが、あの少年が積み上げてきた本を一冊づつ埃を払いながら棚に差し込んでいく。
 腕にはもう力が思うように入らないし、感覚も完全に麻痺していた。
 思考も疲れのせいで無い。
 古い書斎から持ってきた本を取って、棚にかけてある梯子を上っては棚に分類別に差し込んでいく。
 棚の高さはかなり高く、落ちたら軽傷では済まない高さだった。
 中には、その分類が分からないような本もあったりした。それは書庫や周りにある本で調べるなり、勘で判断するなりした。
 勘は最後の手段であったが……。
 床に置かれた本はやっと半分くらいが棚に収まったところだった。
 彼女は一際大きい角に金属処理をされた本を取ると梯子を上って一番上の棚にいれようとした。
 が、他の本が邪魔をするようになかなか入らない。
 しょうがないので、他の本との隙間を今まで梯子を持っていた手で開けようとした。
「あっ!」
 その時、ガタンッと言う音と共に梯子がバランスを崩し、足を梯子から踏み外す。
 宙に頭から放り投げだされる四肢。
 棚を掴もうとしても手が空を掠め取る。彼女は思わず目をつぶり、その衝撃に耐えようとした。
 だがいつまで経ってもその衝撃はこない。
 ゆっくりと瞳を開く。
 ルナリーの体の周りに、ほのかな光が彼女を守るように漂い、体が宙に浮いていた。
 温かい感覚。
 ゆっくり床に向かって自分の体は降りていく。
「……これ、なに」
 目を見開いて、呆然と呟くルナリー。
 やがて彼女の体は梯子の真下に降りてくる。
 彼女が床に着いたのを確認すると、光はすっと消えた。
 暗い書斎。
 なぜかは分からないが助かった事にふぅ、と息を着いていると、ザッ、という僅かな足音が聞こえた。
 思わず、音がした扉の方を向くとそこには見慣れた人物がいた。
「ウィル君……」
「……」
 人物は何も言わず、その声に立ち止まりこちらを見ているようだった。
 ルナリーは座り込んだまま、ただ影を見つめる。
 静かな世界だった。
 側の机にある小さな時計がカチカチと音を立てている以外は。
 もうだれもが寝静まった時刻。
「起きていたの……?」
 彼女は反射的に聞いた。もう時刻は真夜中という時間だ。
 そんな時間に普通の人間なら起きているはずはない。
 普通の人間ならば。
 ………だが
「真夜中はいつも起きているよ。いつも起きて書斎で本を読んでいる。キミが寝ている間はいつもそうだった」
 彼はそう淡々と答えた。
 寝る事が必要無い。そう言っているようにも感じた。
 彼は扉から離れ、書斎の窓辺まで来ると、右手で窓を思い切り開けた。
 蒸し暑かった室内に涼しい風が入り込んでくる。
 蒼々と照らされる彼の横顔。
 顔形は幼くて、それでいて表情は大人だった。
 そして、酷く疲れているようでもあった。
 彼はただ外を見ながら、先程彼女が持っていた本を指差しながらこう言った。
「その本は取りにくいから、そのまま一番下の段で大丈夫」
 彼女は言われるままに一番下の棚に入れる。
 ルナリーは、彼が利き手である左手に何かの金属でできた杖を持っていた事に気が付いた。
 ネクロマンサー、死霊使いの杖。
 良く知っていた。あれで何度も命を救われたのだから。
 けれどどんなに人を助けても、ウィルは非常に人に関わろうとしない。そして彼の友人、家族、その他関わりのある人間は一度も見た事がなかった。
 あんなに凄い力を持っているのに、こんな場所でただ一人で本を読んでいるだけだった。
(どうしてだろう?)
 彼女は風に髪をなびかせながら、ただ彼の事を見つめていた。
 彼は無言で側に杖を立て掛けると側にあった本を棚に入れ始めた。
 ルナリーは変わらずに彼の事を見つめ、ある一つの事を考えていた。
 以前から気になっていた一つの事を。
 長い間人と関わるのを嫌って、だれもいないお屋敷で一人きり。ただ、一族の末裔だという事で永遠にそれを繰り返して……。
「人間は嫌いかな……?」
 思わずルナリーは声に出して聞いていた。
 ずっと彼女とリックが来るまで一人で暮らして、ただ本を読み続けるだけ。どうしてあんな風に人を拒んでいるのだろうか。
 今もなにか自分を避けているような感覚をたまに感じる。
 関わりたくない。
 どんなに彼が笑っても、怒っても、落ち込んでも……やっぱり自分を避ける時がある。ルナリーという存在を避けようとしている。
 しばらくして、ウィルはちらっとルナリーの方を向いた。
 彼は優しく笑っていた。
「……ボクはもう死んでいるから」
 そして本を片付ける作業の手を休め、ゆっくりと彼女の方を向き直る。
 異様にはっきりとした声だった。
 まるで死んでいることを確信しているように。
「でも……」
「永遠を生きるという事は、そういう事なんだよ」
 そっと、ルナリーを諭すウィル。
 先程、一週間前、そして今までに見た事のない、聞いた事の無い優しい声だった。
「だからこうやって成長する事もないし、老いる事もない。現にボクはこの姿を……どれくらい保ち続けているんだろう? もう覚えていないくらい昔だよ」
 そう言って窓辺に座り込み、ルナリーを見た。
 彼女を見つめる瞳は炎と水だった。呪われた一族の証。
 彼はこの瞳が大嫌いだった。けれどそう思った所で消えるはずもなく、自分を鏡で見る度自分の運命を呪った。
 この瞳を、自分を殺してやりたいなんて、日常茶飯事だった。
 ウィルはそこで一端言葉を切った。
 そして、目の前の少女を見つめる。
 風に揺られる長い髪。月の光に反射して僅かに輝いている。
 自分を見つめる瞳は深い海のような……自分の左目より深い深い、そして美しい純粋の宝石のようだった。
 不思議そうに自分の目の前に佇んでいる彼女は、自分より後に生まれたのに自分より成長している。年を取っている。
 今に美しい女性になるであろう。
 そして人を好きになり、結婚して、子供を生んで……そして老いて死んでいく。
 愛した人と共に。
 だが……彼は
「人を好きになる事なんてもっての他さ。その人は必ず先に死んでしまうのだから……」
 永遠を生きる死霊使いという、人間が追い求めてやまない呪われた一族だから。
 そう彼は明るく言った。
 唇を噛み締め、辛そうな表情をしながら。
 人を好きになって愛しても、いつかはその人が死ぬ時が来る。
 それはその人を愛した分だけ、愛情を注いだ分だけ、自分の永遠という時間に孤独という苦しみが長く重く、大きくつきまとってくるのだ。
 だから、ルナリーと今楽しく笑っていたって、いつかは最後が来る。
 仲良くなったって、万が一好きになったって……自分より先に死ぬ。
 人間だから。
 彼女の存在が自分の中で大きくなれば大きくなるだけ、失った時の心の穴が深く大きくなる。
「嫌いなんかじゃない。人と関わる事は」
 けれど失うのが怖いだけなんだ……。

 

 

夏になれば、青々と茂る木々

 

秋になれば 紅葉が舞い降りて

 

冬になれば すべてが眠りに就くけれど

 

キミはそこにいて

 

ボクの側で微笑んでくれる

 

変わらずに側に……

 

 

 

なのに………

 

死んでしまうんだね

 

 

 

 

「それじゃ、寂しいよ」
 今まで黙って聞いていたルナリーが泣くように言った。
 大きく綺麗な瞳からは涙が零れ落ち、けれども、じっとウィルの事を見つめている。
「笑った方が楽しいよ。喧嘩しても、文句言っても独りぼっちよりずっといいよ」
「ルナリー……」
 彼は辛かった。
 けれどその優しさに温かさに、僅かに微笑んだ。
 そしてルナリーはそっと彼の小さな頭を腕に優しく抱え込んだ。
 生きているからこそ、温かい。
 永遠を生きようとも、その温もりは消えることはなかった。
「私は何て言われようともずっと側にいる。私にはもう帰る場所はここなんだから……。お菓子もまた作るから今度は一緒に食べよう。一緒にいようよ……」
 そう言いながら、彼女はゆっくりと彼の背中を撫でた。
 母親が子供をあやすように……。
 その久々か初めてか分からない温もりに、ただウィルは包まれていた。
 心地好く。
 そして、彼女の手をすっと掴みながら
「あぁ」
 とだけ答えた。

 

 

 風が寒い空気を持ち込んできた。
 テラスから見える庭先は紅葉の黄色や赤に染まっていた。
 木々の葉はもうほぼ抜け落ち、新たな季節の始まりを意味している。
「ねぇ、今度は台所大破しないで出来たよ〜」
 テラスの椅子に寝転がっている少年に向かって、声がする。
 少年はめんどくさそうに体を庭先に向ける。
「ほらほら、坊っちゃん。お茶がはいりましたよ。寒くなりましたので僅かにワインをいれてみました」
 すぐ側でカラカラと音を立てながらスケルトンが人数分のお茶をテーブルに並べた。
 奥の方から、大量の焦げるという事を遥か通り越した碁石のようなクッキーと、甘い香りを放つおいしそうなマドレーヌを持った少女が走りよってきた。
「あれ? やっぱり飲まないんだ、リックは」
 並べられた二組のお茶を見て、不思議そうに言う少女。
「骨だけですからね。飲んでも漏れてしまいます」
「むぅ……、残念」
 楽しそうに言う骸骨に、心底残念そうに少女は言った。
「ほらほら、食べようよ! 約束でしょ、食べるって」
 そう言いながら、堅さも色も碁石なクッキーを少年の口元に無理やり突き付ける。
 それを軽く振り払って少年が勢いよく起き上がる。
「突き付けるな! どうせならマドレーヌの方にしてくれ。これは危険物にしか見えないじゃないか、このどへたくそ」
「なによぉ! 努力したんだよ」
「何が努力だ! こんなモン、人が食ったら死ぬだろ。リックだってきっと死ぬぞ……」
「坊っちゃん。私、死んでおりますゆえ」
「そういう問題じゃない!」

 

 

そのまま変わらない事を願っていた少年

 

今という時を幸せでいたいと願う少女

 

有限なる永遠を

 

 

END

(c)suihi・Oracle Eggs
                                                   (2000.08.24)2000.09.27